[もりや稽古] 第156回
今日はまたアッタカイですね。久しぶりに汗をかく稽古ができそうかな。
本日お話しした目標設定の記事です。ちょっとがんばったら出来そうな目標を設定できるセンス。これが大事、というお話。
本当はこのような引用はよくないのでしょうが、とてもいい文章なので全文抜粋です。合気道の場合は、試合がありませんので、このように細かく自分で目標を設定できるセンスがとても大切だと思います。そうしないとすぐに飽きて、初段をとったらおしまい、一丁上がり、みたいな武道家になってしまいます。そうならないために、お時間あるときにぜひご一読いただき、感想を聞かせてください。
「誰よりもやった練習です」
イチロー選手の目標設定術
奥村幸治
オリックスで打撃投手を務めていた頃、不調に陥った選手に
「投げましょうか?」
と声を掛けると、ほとんどの場合、「頼む」と答えが返ってきた。
練習することによって、少しでも不安を取り除きたい
と思うのが人情というものだろう。
そんな中、私の申し出に一人だけ
首を振った選手がいた。
当時二十歳だったイチロー選手である。
試合後にその理由を尋ねてみたところ、彼は
「僕はこんな心境で試合に臨みたいんです」と言う。
「どんなに好きな野球でも、毎日続けていると、もう疲れた、きょうは嫌だなと思う時ってないですか?そうなっては、自分の能力って絶対に発揮できないですよ。
バットが持ちたくて持ちたくてしょうがない。
そういう心境で、僕は試合に臨みたいんです」
そして彼はこう後を続けた。
「初めてお父さんとキャッチボールした時、どんな気持ちになりましたか?またやりたいなと思ったでしょ。
その気持ちなんですよ。
そういう気持ちが自分でしっかりつくれれば、絶対に技術って向上していくと思いますよ」
イチロー選手のプロ入り三年目の年、彼の専属打撃投手となった私は、寮生活で一年間寝食をともにし、多くのことを教わった。
彼と初めて出会ったのは、
私が二十歳、彼が十九歳の時だった。
初めてそのバッティングを見た時、年下にこんなに凄い選手がいるのかと舌を巻いたが、最も驚いたのは、彼が一軍に上がってきてからのことだった。
キャンプ期間中、二軍でプレーしていたイチロー選手は、夕方に練習を終えると、早々に眠りに就いた。
そして皆が寝静まる深夜にこっそり部屋を出ると、室内練習場で数時間の特打ちをするのを日課としていた。
ところがシーズンが始まり、一軍入りを果たした彼は、全くと言ってよいほど練習をしなくなってしまったのである。
不思議に思って尋ねてみたところ
「体が疲れ過ぎるとバットが振れなくなるから」とのことだった。
一軍でまだ何の実績もない選手が、自分のいまやるべきことは何かをちゃんと理解して行動している。
私の知り合いにもプロ入りした者が数名いたが、彼の取る行動や言葉のすべては、他とは一線を画すものだった。
例えばこんな調子である。
「奥村さん。目標って高くし過ぎると絶対にダメなんですよね。
必死に頑張っても、その目標に届かなければどうなりますか?諦めたり、挫折感を味わうでしょう。
それは、目標の設定ミスなんです。
頑張れば何とか手が届くところに
目標を設定すればずっと諦めないでいられる。
そういう設定の仕方が一番大事だと僕は思います」
二軍時代のイチロー選手は、マシン相手に数時間の打撃練習をしていたが、普通の選手に同じことをやれと言っても、それだけの時間、集中してスイングすることはできない。
それがなぜ彼には可能なのかといえば、私はこの「目標設定の仕方」にあるのではないかという気がする。
イチロー選手には自分にとっての明確な目標があり、その日にクリアしなければならない課題がある。
その手応えをしっかりと自分で掴むまで、時間には関係なくやり続けるという練習のスタイルなのだ。
私が彼の基盤として考えるもう一つの要素は、継続する力、つまりルーティンをいかに大切にしているかということである。
ある時、イチロー選手に
こんな質問をしたことがあった。
「いままでに、これだけはやったな、と言える練習はある?」
彼の答えはこうだった。
「僕は高校生活の三年間、一日にたった十分ですが、寝る前に必ず素振りをしました。
その十分の素振りを一年三百六十五日、三年間続けました。
これが誰よりもやった練習です」
私は現在、少年野球チームの監督を務めているが、それと比して考えてみると、彼の資質がいかに特異なものであるかがよく分かる。
例えば野球の上手な子にアドバイスをすると何をやってもすぐできるようになる。
下手な子はなかなか思うようにいかない。
ところが、できるようになったうまい子が、いつの間にかその練習をやめてしまうのに対し、
下手な子は粘り強くそれを続けいつかはできるようになる。
そして継続することの大切さを知っている彼らは、できるようになった後もなお練習を続けるため、
結局は前者よりも力をつけることが多いのである。
その点、イチロー選手は卓越したセンスを持ちながらも、野球の下手な子と同じようなメンタリティを持ち、ひたすら継続を重ねる。
私はこれこそが、彼の最大の力になっている源ではないかと思う。
2000年に結成した私の少年野球チームは当時九名の部員だったが、
現在百名を越える数になり、その中から多くの甲子園球児が生まれていった。
現在、プロで活躍している
田中将大投手もその一人である。
彼らには自分がイチロー選手から学んだことを折に触れては話し、野球に取り組む姿勢として
それを生かしてほしいと伝えてきた。
自分で目標を持ち、
それに向けての継続を怠らなければ、
必ず次の段階へと自分を
押し上げていくことができる。
そしてそれは、人生を生き抜く力にも繋がっていることを、
野球を通して伝えていければと考えている。
月刊『致知』より